2009-01-13

「Colonia del Sacramento」

アルゼンチンの首都ブエノスアイレスのちょうど対岸に位置する
ウルグアイの小さな港町、「コロニア・デル・サクラメント」
1955年に古い町並みがユネスコの世界遺産に登録され
ビーチリゾートとしても注目されている場所。
ただし少し前の話ですが・・・

しかし旅行者からしては賛否両論で、良かったと言っている人もいれば、
行かなくてもよい場所だよ、と言う人もけっこういた。
僕らの泊まっている宿の情報ノートには迷うなら「行く必要なし」と
書かれていたが、僕らの行った意見ではそんなことはない、
雰囲気の良い町並みで、日帰りでも行った方が良い気がした。


クラシックカーが町を走っていたり、中米では良く見かけたビートルも
走っていて、行った日がちょうど天気も良かったせいか、
ポプラの木の並木道が本当に気持ちの良い夏を感じさせてくれた。
ビーチにも行ってみたが、情報では週末しか盛り上がっていないらしく
閑散としていたが、何人かの観光客はビーチに寝そべり楽しんでいた。
しかし、ここの海の水はブエノスアイレスからずっとそうなんだけど、
海水が泥水と言うか茶色の色をしていて、
ここのビーチだけは泳ぐ気にはなれなっかた。

偶然二人して歩いていると、前から日本人の一人の旅行者が歩いてきて、
彼は2週間でブラジルとアルゼンチンを観光しに来ていて、
ちょうどランチを食べようとしていたので、3人でまだ食べたことのなかった
パリジャーダを食べに、長綱夫妻から美味しいと聞いていた情報のお店で
パリジャーダを食べました。
噂通りボリュームは満点で、少し脂っこさ気になったけど、
血入りソーセージやチョリソや臓物系を美味しく食べることが
出来ました。(情報ありがとうJ&M)

ランチを食べた後は、田辺君は船の時間が早いので別れを告げ、
僕らはお腹いっぱいのまま、ひたすら町を歩き回りました。
石畳が続く旧市街で路地に入ったり、灯台に登ってみたり、
郵便局へ行ってお互いの両親に手紙をだしたり、
思った以上にあっという間に時間は過ぎてしまった。

人が感じることはみんな違って、僕らはコロニアは人が言うほど
悪くは感じなく、確かに何もないけど町を散歩していて
本当に気持ちの良い夏を感じさせてくれた。

ポプラ並木、
クラッシクカー、
場違いな枯葉、
茶色の海とビーチ、
石畳とランタン、
パリジャーダ、
サン・フランシスコ修道院、
灯台と旧市街、
植民地略奪戦争跡、
どれも全て暖かい風に包まれていた。


「Uruguay」の語源はグアラニー語で「鳥の住む川」
国土は日本の半分で人口は346万人と横浜市民より少なく、
大国に挟まれながら、スペイン、ポルトガルの植民地時代を受けてきた。
1828年には独立を果たすも政情は安定せず、
1985年にようやく民政へと移行、90%以上が牧場である。

2週間いるブエノスアイレスとは全くの違う空気に触れ、
本当に気持ちの良かった時間をコロニアで過ごすことが出来た。

2009-01-12

A Day Trip at Uruguay on the ship

ウルグアイへ日帰りで行ってきました。
本当は1泊の予定で行くつもりだったけど、
週末にブエノスへ戻ってくる船のチケットが売り切れで、
僕らは月曜日にイグアス行きのバスのチケットを買っていた為、
急遽、日帰りで行くことになりました。

ブエノスアイレスから船で3時間、
僕らの行きたい街「コロニア・デル・サクラメント」に着くのが
12時半で、帰りの船が19時半なので、
滞在時間約7時間と短いけど、街自体が小さな街なので
十分観光は楽しめるらしいです。
それ以外にも船の出入国が僕らは初めてなので、
少しそれも楽しみにしていました。

船はかなり大きくて綺麗で、車も100台くらい乗れるので、
搭乗人数は500人位いたのかな、(あくまでも予想ですが)
バカンス気分の若者から家族連れ、僕らのようなツーリストと様々で、
船の中には免税店からレストラン、デッキにもバーカウンターがあり、
けっこうみんな船の中で楽しんで時間を過ごしていました。

僕らは日帰りなので、行きはここぞとばかりにクーラーの効いた部屋で
寝て過ごし、体力を温存していましたが、
帰りは涼しく夕陽も見れるし、月が綺麗だったので、
二人してデッキで時間を過ごしました。


夕暮れになるとデッキは写真を撮る人達でいっぱいになって
船の上から見る夕焼けは本当にオレンジ色で、海に反射している
陽光は素晴らしく綺麗に海の彼方へ沈んでいった。



太陽が沈んだ後も、今度はブエノスアイレスの街が近づいてきて、
街中を歩いている時とは別の顔で僕達を迎えてくれた。

正直、こんなにも近代的な光景をしたブエノスアイレスを
見せてくれるのだから、ウルグアイから来た人達は、
ここが大都会だと思うのだろう。

今回は船で初出入国をしてきたが、飛行機とは違い
なにか寂しさと暖かさの両方が交じり合った感覚で、
もしこれが初めての場所だったら、もっと不思議な感覚に
包まれていたのだと思う。
僕らは旅行者だけど、きっとこの船にはウルグアイから出稼ぎや、
初めてアルゼンチンへ渡ってきて、この土地で何かを始めようと
して来た人達もいるのかも知れない。

日本庭園

僕らは散歩がてらに昔、日系人がブエノスアイレスに
プレゼントした日本庭園に行ってきた。
入場料が5Peso/130円で、日本食レストランや園芸店もありました。

ブエノスアイレスは、大都市ならでは公共施設が充実で、
大きな公園からたくさんの美術館、動物園、プラネタリウムと、
いろいろとあって、天気の良い日はどこも家族連れで賑わっています。
僕らは日本庭園に行った日が土曜日だったので、
とにかくたくさんのお客さんで賑わっていました。


はじめは、だいたい海外にある日本関係のものは、
どこか日本ではなく中国や韓国が混ざったりして、
きっとこの庭園もどことなくアジアなのかなと思っていたが、
この庭園は見るかぎり日本の庭園を忠実に作った感じで、
調べたところ、ヤスオ・イノマタと言う日本人のデザインで
作られたみたいです。

1967年には今の天皇、皇后も訪れています。


庭園自体はそんなには大きくなかったけど、
池には鯉が泳いでいたり、橋があったり、図書館があったり、
外国人からしてみるとすこし変わっているのかも知れない、
ただ日本の庭園に図書館ってあるっけ(笑)?

僕らは二人して日本人が歩いていれば、声ぐらいかけられるかと
思っていたが、一度も声はかけられずに中米にいた時に一緒に写真を
撮ろうということも一度もなかった。

庭園にあった鐘は世界各国の硬貨を溶かして作ったらしく、
毎年9月9日に平和を祈願して鳴らされるそうです。


いつもは日本食レストランで日本をよく思い出していたが、
今回はこの景色を見て日本のことをすこし思い出しました。
みんな元気かな?

ちょっと驚いたのは、ここにはおみくじがあり、
今年も始まったばかりなので引こうと思ったけど、
スペイン語表記は読めないから結局引かずにやめてしまった、
今考えると記念にもなるし引いとけばよかった気がします。
外国人はみんな楽しそうに引いていて、その姿を見ていると
なんか不思議な感じがした。

2009-01-11

TANGOの世界

アルゼンチンと言えば、肉とワインですが、
それ以外にも有名と言えばアルゼンチンタンゴです。
僕らはキューバで見たバレエが思った以上に楽しく、
今回ここブエノスアイレスでもかなり楽しみにしてきました。

街中を歩いていても、観光客目当てに踊っている人達や、
とにかくたくさんのタンゲリーアがこの街にはあり、
高級なタンゲリーアから大衆的なタンゲリーアまで、
僕らは行かなかったがウォンカーウェィーの映画
「ブエノスアイレス」で使われたタンゲリーア
「Bar Sur」もありました。

せっかく本場のアルゼンチンタンゴが観れるのなら、
僕らは一番高級なタンゲリーアに行きたくて、
最も評判の良かった「La Ventana」に行ってきました。
正規にチケットを買うと270peso/8500円位しますが、
僕らは裏技の金券ショップで購入したので170peso/5500円で
コース付飲み放題とかなりお得で購入しました。



とにかく高級タンゲリーア店なので、店自体かなりしっかりしていて、
店内はモダンな作りだけど、すごくゴージャス感があり、
厳しくはなかったけど、しっかりとドレスコートまであった。
そして、どんなお客が観に来るのかなと思っていたが、
そこは予想通り、ツアーバスが店の前に止まり、
そこから年配の欧米人達がたくさん降りてきた。

入り口にはスーツを着た黒人の案内人が立っていて、
英語で僕達を案内してくれ、その時からこの笑顔に親切さ、
ここは素晴らしいタンゲリーアだと予感させてくれ、
日本のBlue Noteと同じレベルくらいしっかりとした
雰囲気があった。

階段を下りて席に座ると、まずはメニューが渡され、
サラダ、メイン、デザートと何種類ある中から一つずつ
選び、飲み物はビール、ワイン、コーラー、水と、
全て飲み放題で、僕らは赤ワインと水を頼み、
初めてのタンゲリーアで乾杯をした。

たぶんこのクラスでの食事は旅はじまって以来のことで、
テーブルマナーに少し戸惑いながらも、新婚旅行らしいことに、
二人して嬉しくなり、ずっと笑いながら旅の話や、昔話ををして、
久し振りに楽しい二人だけの時間の食事をした。

そして待ちに待ったショーの時間が始まった。



僕らは全くと言ってタンゴについて知らなかったが、
タンゴの世界を目の前にして、言葉を失ってしまった・・・

音楽と踊りで広がる世界は、19世紀のヨーロッパをイメージさせ、
妖艶に踊る女性が魅せ、
男性がサポートして女性を輝かせるタンゴは
とにかく美しいの一言、僕らはすぐさまその世界に
飲み込まれてしまった。

それ以外にもフォルクローレや歌、パフォーマンス、
すべてのレベルがプロ級で、2時間弱の時間は
飽きることなくあっという間に過ぎてしまった。

僕らは食事をしていた時に約束した、
日本に帰ったら、お祝い事や記念日に今まで廻った国の
お店で食事をして祝おうと言っていたが、
日本に帰ってもタンゴをまた見てみたいと思い、
エンターテイメントでこれだけ満足して出てきたのは
今回の旅で初めての気がした。

そうそう一つ思ったのは団子三兄弟のあの曲は、
きっとタンゴと団子をかけて作ったのだと思う、
たまにタンゴで流れていた曲が団子三兄弟に
聞こえてしょうがなかった。


2009-01-07

世界で2番目に美しい本屋

アルゼンチンは南米で最も多くの本屋がある国で、
ブエノスアイレスの街中を歩いていると、本当に
よく本屋を見かけます。
そして、噂で聞いていた、「世界で2番目に美しい本屋」に
行ってきました。

1919年オーストリア移民のマックス・グルックスマンに建設された
この建物は、もともとは劇場として当時は様々なコンサートやタンゴ
が上演されていました。
しかし劇場は閉館され、その後は一度映画館になり、
2000年に本屋として生まれ変わりました。

この本屋を数年前、イギリスの新聞が「世界で最も美しい本屋」の
ランキングで2位の座を獲得しました。

とにかく元劇場をそのままの形で本屋にしているので、
建物は4階建ての筒抜け状態になっていて、
天井は大きな絵画が描かれ、2階、3階の客席だった所にも、
本、CDが売られていて、全ての階の所々にイスとテーブルが
用意されていて、その場所で本を読むことが出来ます。
さすがに日本語の本を見つけることが出来なかったが、
写真集などを僕らも立ち読み?して、俺はあまりに気持ち
良かったので、居眠りまでしてしまい、確かにここの本屋は
何から何まで全て充実していました。

面白いのはステージの上はカフェ屋があり、
店内?はリラックスできるようなスペースになっていて、
お客もソファーに座りながらゆっくりと買った本を読んでいたり、
パソコンを開いていたりして、
のんびりした時間を楽しんでいました。

これだけの本屋が2位なら、いったい1位は何処の国で、
どんな建物なのかすごく気になってきた、
ひょっとすると日本には、無いか、、、
ヨーロッパ辺りにあるなら、探してぜひ行ってみたいと思ってます。

”THA STEAK”

アルゼンチンは南米の中でもとにかく物価が高くて、
移動費や宿泊代やツアー代で僕ら旅行者を苦しめるが、
唯一僕らを喜ばせてくれるのが、アルゼンチン牛とワイン、
これはとにかく値段が安く、しかもかなり美味しい!
スーパーで厚いフィレ肉を買っても200円位で買えて、
ワインも安いやつで1リットルが3Peso/100円で買えます。

街ではとにかくアサードと呼ばれるアルゼンチン料理の
肉料理屋がたくさんあり、アサードとは骨付き牛あばら肉の
グリルで、炭の弱火で肉をじっくり焼く感じで、それ以外にも
チョリソーや臓物系も同じように焼き、それをワインと一緒に
良くアルゼンチン人は食べています。

僕らもアルゼンチンへ来たら、一回はお店でフィレ肉を食べて
みたく、ちょうど年末に会った長綱夫妻から美味しいお店の
情報を聞いていたので行って来ました。

そのお店はかなり混みあっていて、入り口のすぐ横では
大きな炭焼き場で厚いステーキ肉やチョリソーを焼いていて、
これが長綱夫妻が言っていた、
「7センチの厚さの肉が出てくるよ!!」
見るからに美味そう!!!

僕らは何を注文するのかを聞くのを忘れていたので、
とりあえず、フィレ肉のニンニクソースを注文しました。
値段は37Peso/1200円、僕らの食費代からは少々高いが、
二人で一皿だし、せっかく初めてのお店なので、
久し振りに奮発してみました。
もちろん、グラスワインとサラダも。

待つこと15分、ついに注文した肉が僕らのテーブルにやって来た。

フィレ肉からは、まだ湯気が上がっていて、もの凄く美味そう、
肉のまわりにはフライドポテトが埋め尽くされていて、
とにかく僕らは熱いうちに食べたいので、急いでナイフで肉を
切ってみると、肉は驚くくらいに柔らかく、ナイフではなくフォークでも
切れてしまい、ソースをつけて肉を食べてみたら、
とにかく今までに食べたことがないくらいに美味しかった。
日本でも高いお金をだせば、きっと食べれるとは思うけど、
この値段でこれだけ美味い牛肉を食べれるアルゼンチンは
やはり牛肉とワインの大国なんでしょう。

それにしてもこの値段のアンバランス感はなんなんだろう?
それ以外の食べ物、食材は、日本と変わらないくらいに全て高いのに、
牛肉とワインだけは安すぎる気がします。

まあ僕ら旅行者にとってはラッキーなんだけど。

”パリダカ09”

正直、僕らも31日までここでパリ・ダカールレースが
開催されるなんて知りませんでした。

街中はレースのスタートを見るために人々でごった返し、
空にはヘリコプターや、たぶんパフォーマンスかセキュリティー
か戦闘機が3台飛んできたり、報道陣の数も半端なく多く、
その日は街を歩くのに本当に大変だった。




正式名所パリ・ダカールレース
1979年に開催され、フランスの首都パリからスタートし、
スペインのバルセロナから船でアフリカ大陸へ渡り、
セネガルの首都、ダカールまで12000キロを走る、
世界一過酷なモータースポーツ競技と言われている。

アフリカ大陸ではサハラ砂漠を横断するので、途中
死者や負傷者などでるらしく、そして一番の問題は
テロの脅威で、実際1999年にはテロ組織に襲われ、
それ以外にも強盗などが出てきて、治安の安全が問題に
なり、結局一昨年に中止になった。

そして次に選んだ場所がここブエノスアイレスからチリの
アタカマ砂漠まで走り、またブエノスまで戻るというルートで、
選んだ理由としては、地形が似ていて、砂漠や難コースがあり、
テロの脅威がないという事で、今年成功したら、以後、
この地で開催されるらしい。

レースのスタートは3日の朝方らしく、見には行けなかったけど、前日に
広場から一台一台が街の中を少しだけ走るというパフォーマンスが
用意されていて、始まる前からDJがガンガン4打ちを流して
盛り上げていて、もちろんサファリスタイルのサファリガールも
ステージ上に立っていたり、きっとこの模様は日本のTVでも
流れていたのではないかな。

街の中にはこうして、レースへ出場する車が路上駐車していて、
よくみんながこうして写真を撮っていました。
僕らも中を覗いたりして、せっかくのチャンスなのでいろいろと
触ったり、この車が1位になるようにと祈ったりしてみました。
TVでもレース模様は毎日のように流されていて、
アルゼンチンが気合を入れて頑張っている様子が伝わってきた。
せっかくなので、レースが成功して来年もその次の年もこの場所で
開催されることを願いたいですね。
でもここもラテンだから大丈夫かな?
名前はアル・チリレース、もしくはチリ・チンレースでいいですか?