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2008-12-30

Buenos Airesへ

AM1:00  上野山荘で就寝
AM3:00  起床
AM3:45  上野山荘からタクシーでターミナルへ
AM4:00  ターミナルへ到着(すでに空は夜明けへ)
AM5:00  リオガジェゴスへ出発
       途中、チリへ入国、
       マゼラン海峡を渡る(船の横には白黒のイルカが先導)
       再び、アルゼンチンへ入国    
PM18:00  リオガジェゴス到着(そのままタクシーで空港へ)
PM18:30  リオガジェゴス空港到着
       ここは空港?空港内はツーリストが5人だけ、
       空港内のお店は全て閉まっていて、警備員が2人のみ、、
PM23:00  ようやく店が一軒開き、航空会社も開き始めた、、、
AM1:55   長かった待ち時間も終え、ようやくブエノスへ
        ちなみに待っている間は、ベンチで寝てました、、、
AM5:55   ブエノスアイレスへ到着(飛行機内は狭く、かなり揺れた)
       空港内で朝食?
AM8:00  宿へ向け、コレクティーボで出発
AM9:00  宿、ビクトリア2到着

ブエノスアイレスへ到着しました。
宿は通りに面していてバルコニーもあり、個室40Peso/1300円
目の前には大きな木が立っていて、日当たりも良く快適です。
ここで年越しを向かえ、しばらくゆっくりする予定です。

「南米のパリ」
想像とは少し違ったけど、これからブエノスをたくさん探索します。
色んな名所があるので、まめにブログをアップしたいです。

2008-12-26

”Skate Park from End of the World”









スケーターは繋がっていた。
最南端のウスアイアでも僕らを暖かく迎えいれてくれた。

ありがとう、Gracias,
友達、Amigo,
この2つの単語だけで十分だ。

中学生くらいの子供から二十歳を越えている大人まで、
みんな仲良く楽しんで滑っていた。
今までに色んな場所で見かけていたスケーターだけど、
まさかこのウスアイアでも、こんなにしっかりしたスケートパークが、
僕らを心から受け入れてくれて本当にありがとう。
また、いつか遊びましょう。

”監獄とアトリエ”

海軍基地内にあった元監獄が、半分は当時の様子を、
残りの半分はアトリエとして絵が展示されている場所へ
行って来た。

ウスアイアに最初に囚人が送り込まれたのが1896年、
1920年に監獄が建設され、一般の犯罪者や政治犯など
多い時には600人を超す囚人が居たという。
当時のことを考えると、コンクリートに包まれたこの監獄は
いかに極寒で辛かったはずかが想像できる。

建物は大きな丸の部屋を中心に半径上から4つの部屋が
伸びていて、その一棟、一棟は2階建てで両側に監房が
ずらりと並び、中央がふきぬけになっている。
少しだけ大きい部屋や、ものすごく小さな部屋、その突き当りには
共同トイレ、シャワーがあって、初めて見た監獄はまさに映画で見た
監獄と同じようにあった。



アトリエの方は監獄をそのまま使い、
全体的に白いペンキで壁は綺麗に塗られていて、監房の一つ一つが
展示室になっていて、何枚かの絵がその監房に飾られている。
絵に関しては何人ものアーティストの絵があり、風景画から
サイケデリックな絵までたくさんの絵が飾られていて、
見ごたえ十分だった。

「監獄とアトリエ」
ある意味ミスマッチだけど、ひょっとすると、どこか繋がる何かがあり、
それを考えてこの場所を作ったとしたら、その人は
ものすごいアーティストなのかもしれない。

本当ならば、この監獄の中にある、囚人服を着ながら働いている
というカフェバーでお茶でもしたかったけど、残念ながら開いてなく、
まあ、初めて監獄を見れたことだし、けっこう楽しかったです。

日本に帰ったら網走刑務所でも一度見に行って見たくなりましたよ。

世界の果て博物館

世界の最も南の町にある名前の通り、
「世界の果て博物館」へやって来た。

僕らはこの博物館に展示されている、
フエゴ島にいた4部族(オーナー、ヤーガン、アラカルフ、
テウエルチェ族)のことが以前から気になっていたからだ。
館内に入ってみると、外から見た通り、そんなに広くないので、
どこに部族の写真が展示されているのかと見まわしてみると、
入ってすぐ左にそのコーナーがあった。

そこには何枚もの写真が飾ってあったり、絵でどのような生活を
していたか示されていた。
説明はスペイン語表記なので、理解ができないけど、
どうやらお祭りの時にこの衣装?に変身?するらしい、
どう見ても僕らはウルトラマンに出てくる怪獣にしか
見えない(失礼をお許しください)、
なので、どうしても可笑しくなってしまう、、、


外から見れば昔の日本のちょん髷姿とたいして変わらないのかも
知れないし、今だにちょん髷をしていると思っている
外国人も少なくない(笑)、、、

それ以外の展示物は、パタゴニア地方に生息する動物、鳥、
の剥製があったり、よく分からない雑貨がいくつかあったりした。
個性豊かな不思議な博物館だった気がしたけど、
俺も麻実子もけっこう気にってしまった。
見物客もちゃんと入っていて、意外と楽しめた博物館だった。



僕らはお約束通りパスポートに記念スタンプを押してもらい、
狙っていた絵葉書もちゃんとゲットして、次なる目的地
元監獄と船舶博物館へ向かうことにした。

今は当時のままの監獄をそのまま使い、
半分はアトリエとして絵が飾られていて、残りの半分は
当時の監獄の様子が展示されている。
もちろんここでも記念スタンプが貰える場所なので、
しっかり貰ってきますよ(笑)。

”UENO SANSOU”

予定では3日間のウスアイア滞在予定でしたが、
僕らの泊まってみたかった上野山荘に泊まることが出来たので、
フライトとバスの予定日を変更して、6日間の滞在に伸ばしました。
多少手数料は取られたけど、上野綾子さんと一緒に
クリスマスを迎えたかったので、変更が出来たことに感謝です。

上野綾子さん(86歳)
現在一人でこの最果ての地で、僕らのような旅行者を
心から歓迎してくれるとても素敵なおばあちゃんです。
娘さんも、今はブエノスアイレスで別館をやっていますが、
綾子さんもこの地で一人でやりとりしています。
宿には100年以上前のドラム缶風呂があり、何ヶ月ぶりにゆっくりと
風呂に浸かることもできる、本当に暖かい最果ての地の日本人宿なんです。

僕らはここで素敵なクリスマスパーティーを迎えることが出来ました。
噂では上野山荘は満室で泊まれないだろうと情報が流れていたが、
そんな事はない、一度電話で確認してぜひ足を運んで欲しいところだ。
素敵な綾子さんと愛犬トゥルーチャと、白夜の町ウスアイアが
必ずに迎えてくれますよ。

2008-12-25

マゼランアタック!

AM3:00発のバスでカラファテを出発した。
まずは4時間乗ってリオ・ガジェゴスと言う町へ行き、
AM9:00発のバスに乗り換えて、僕らは「世界の果て」
最南端の町ウスアイアへ向けて再び走り出した。

このルートは普通のルートと違い複雑で、
別名「スタンプルート」でもあり、
アルゼンチンを出発して、一度チリに入り、
そこから南米大陸と僕らが向かっている町があるフエゴ島を
隔てるマゼラン海峡を船で渡り、再びバスで走り、もう一度
アルゼンチンへ入国するという、ちょっと面倒くさいルートです。

なのでパスポートにスタンプが出国、入国を含め、計4個押して
貰えるのです。
それ以外にもウスアイアでは、インフォメーションで最南端
証明書とスタンプ、世界の果て博物館でもスタンプ、
最南端の元監獄でもスタンプと目白押しのスタンプ地帯です。

せっかくなので僕らも全部ゲットする予定ですが、
滞在日数が3日間の為あまり時間がありません、
上野山荘に泊まれて、居心地が良ければ、
飛行機のチケットの変更も考えています、
ただし変更が出来れば・・・

マゼラン海峡では、僕らは一度バスを降りて船の甲板に出た。
対岸までの20分間を海を見ながら過ごすために、
不思議なことに外は全然寒くなく、たくさんの人達が同じように
海を眺めていた。
すると、すぐ下で何か泳いでいる魚を見つけた、
みんながそれを指で追いかけ、初めは何かな?マグロ?と
思って見ていたが、どうやらそれはイルカと言うこと、
こんなマゼランでもイルカが泳いでいるんだとちょっと嬉しくなり、
僕らは今回の旅で初めてに野生のイルカを見ることができた。

そして、マゼランアタックも無事に成功して、
ついに最南端の町ウスアイアまで来ることが出来た。
AM3:00に出発をして、何回ものバスの乗り降りを繰り返し、フエゴ島に
着いてからは吹雪の中をバスが走り、走ることPM22:00頃に
雨の中の町ウスアイアへ到着した。

僕らは夕方、予め部屋が空いているかを上野山荘に電話しておき、
確認していたので、すぐにタクシーをつかまえて上野山荘へ向かった。

そして着いてみると、上野山荘はこの時期にしては全然混んでなく、
僕らを含めお客は6人、少し驚いたけど
これなら居心地も良さそうなので、チケットの変更が出来るのならば
延ばしても良さそうかな?と二人して話して、
時間もAM25時を過ぎていたので僕らは就寝した。

2008-12-24

”AM3:00”

僕らは夜の22時くらいにカラファテへ戻ってきた。

そのまま宿へ戻り、預けていたバックパックを取って、
バスターミナルへ向かった。
時間がまだあるので、バックパックをターミナルで預け、
AM1:00まで空いているレストランへ行くことにした。

いよいよ、明日はマゼラン海峡を越え、
「世界の果て」最南端の町ウスアイアだ。
思えば4月にLAに入り、ようやくここまで来たか、
短いようで長かった9ヶ月、
クリスマス、年末を首都ブエノス・アイレスで過ごそうと
予定しているので仕方がない強行だけど、
明日はいよいよ最南端ウスアイアだ。

この場所には、上野山荘と言う日本人の
おばあちゃんが一人でやっている宿があるけど、
きっと人気なのでいっぱいで泊まれないだろう、
それでも3泊、「世界の果て」へ僕らは向かいます。

いつの日か、きっと

残念だったけど僕らは結局フィッツ・ロイ山を一望する
ことは出来なかった。

本当はすぐ目の前に聳え立っているはずなのに、、、

ミラドールから見えるフィッツ・ロイ山の中腹から上は、
雲に包まれ、時折、風で流れている雲の隙間からシルエットや
ラインが薄く見えるけど、
あのパタゴニアのロゴの様なはっきりとしたシルエットは
僕らは見ることは出来なかった。

悔しい・・・けど、

そういえば、ここまで来る途中に何人もの年配者のトレッカーと
すれ違った、そうか、また来よう、いつか必ず戻ってこよう、
子供も連れてここへ必ず来よう。
今回は残念だったけど、ここでは僕らの運など通用しなかった、
それでも、目の前に聳え立つフィッツ・ロイ山を想像しながら
手作りハンバーガーを食べる事ができたから、
今回はO.Kとしよう。

いつか、またあの家族ように。

そして僕らはまた2時間歩いて町まで戻った。
この日はこのまま、AM3:00のバスに乗って、
「世界の果て」
最南端の町、ウスアイアへ向かいます。




森の中で、

カラファテからバスに乗って約4時間、
僕らはみんなが知っているはずのマークの山、
フィッツ・ロイ山が一望できるミラドールへ向かって
やって来た。

まずはエル・チャルテンと言う拠点になる町の手前で
バスは一度止まり、ここから先は国立公園の敷地内に
入るので、公園内の規則を教えてもらい、再びバスは
走り出し町へ到着した。

ほとんどの人は、ここからトレッキングに入り、2泊から3泊かけて
フィッツ・ロイ山の麓までトレッキングするのだが、僕らは飛行機の
予定日の都合で先を急ぐので、日帰り強行で来ていた。
2時間くらい歩き、ミラドールからフィッツ・ロイ山を一目見たい、
絶対に見たいと願いつつ、すぐさまにミラドール目指して歩き始めた。

最近の情報では、天気があまり良くない、3日間歩いても雲や雨で
見れなかったという人達もいた、僕らは約3時間ミラドールでの滞在、
ワンチャンスにかけ歩いていた。
しかし本当に天気が悪い、雲は厚いし、時々小雨まで降ってきた、
僕らはこういう時は自慢ではないが、意外と運が有るほう、
いつも良い結果で帰ることができた、
でも今回はなんだか自信がない・・・

それでも、少しの期待と山の天気と女の気持ちは変わりよう、
と言う言葉を信じて、森の中を歩いて、歩いて、歩いて、

この森の中は不思議な事に枝?木?が至る所に
折れて転がっている、なぜこんなに落ちているのかな?
と二人して考えたり、
どこの方角にフィッツ・ロイ山があるのか?とか、
すれ違うツーリストに「フィッツ・ロイ山が見えましたか?」と、
聞きたい気持ちまで抑えて、歩いて、歩いて、歩いて、

最後にはお腹まで空いてきたけど、
ミラドールまで行ってフィッツ・ロイ山を眺めながら食べるんだ、
と決めていたので我慢して、また、歩いて、歩いて、歩いて、

そして歩くこと2時間、遠くに看板が見えてきた。
看板の地図にはミラドールまで10分、
ついに来た、ここまで来た、
この時点で見える確立ははっきり言って0対10の9回裏、
今までの運を信じて、

僕らは気づかぬうちに早足になりミラドールへ向かった。

そして、僕らはようやく木々の隙間から遠くに見える
山の麓を発見した、あれがフィッツ・ロイ山か、
待ちに待った隠れた南米のスポット、あのマークの山だ・・・

2008-12-22

絵葉書のような風景





よく絵葉書で見かける風景のあるミラドール(展望台)へ
僕らはやって来た。
その場所は氷河の流れ落ちてくる正面に位置して、
氷河の両サイドには湖があり、ちょうど積止めしている形に見えるが、
実際は湖の上に浮いているので氷河の下は湖で繋がっているはず、
ここでも何度も大きな崩壊の音を聞いたが見つけることはできず、
これで僕らの氷河ツアーが終了した。

ツアーの値段はハイシーズンだけあり、一人400ペソ/130ドルと
かなり高めの値段だったけど、二人にとっては大事な思い出の
場所になれたのでしょうがないでしょう。(笑)

いったい何万年前からこの氷河はいたのだろう?
いつから生まれ、いつに水になって流れるのだろう?
ここの氷河は一般的な氷河より寿命は短いらしいが、
それでも何百年も存在しているはずだ、
この先、温暖化が深刻になり、この氷河の存在の危機が
訪れるかも知れないが、僕らは絶対に守っていく義務があるはずだ。
世界の自然を、地球の自然を、この手で守っていこう。

WALKING ON THE ICE

バリローチェからエル・カラファテへやって来た。
そして、この町に来て目的だった氷河ツアーに次の日に
行ってきました。

この町にはParque Nacional Glaciaresと言う
国立公園があり、Glaciar(グラシアール)とは、
スペイン語で氷河を意味するので、正式には
氷河国立公園という事になる。
この氷河は、絵のような美しい山々と湖の上に浮かぶ氷河で、
1937年に国立公園に指定され、
1981年にはユネスコの世界遺産に自然遺産として
登録された場所である。

僕らは町からバスで1時間揺られ湖の船着場までやって来た時に、
目の前にはすでに氷河が顔を出していた。
俺は昔、ペルーのワラスという場所で見たことがあるが、
その時は山にある氷河で、こうして湖に浮かんでいる氷河を見るのは
初めてのことである。
なんと言う迫力なのか!氷の島、氷の世界、氷河の島、氷河の世界?
これから、船で対岸に渡り、そこからアイゼンを履いてミニトレッキング、
氷河の上を僕らは歩くことが出来る、もちろんアイゼンを履くのも
初めてなので、今日は何から何まで初めて尽くしだ。

いよいよ船に乗り、出航して僕らはすぐに甲板に出てみると、
目の前には氷河「ペリト・モレノ氷河」が現れていた。
その風景は、ファンタジー映画のようで、絵に描いた様な山、雲はあるが
青空がはっきりと空を青くして、僕らは湖の上を船で進んでいる、
ときおり、流れてくる氷河が船にあたり、少し振動が伝わってくる、
俺は久し振りに子供のように無邪気な気持ちになり、
早く氷河の上を歩いてみたいと胸がわくわくしてきた。
そして、船が対岸へ到着した。
国立公園なのでガイドから島の説明を受け、少しの休憩の後に
僕らは氷河の境目まで森の中を歩いて行った。
ときおり歩いている時に木々の隙間から見える氷河は、
なんて説明して良いのだか、とにかく不思議な光景で、
僕らを探検家のような気分にさせてくれた。

そして、僕らはアイゼンを履いて、約20人位の
ツアーチームでペリト・モレロ氷河に遂に足を踏み入れた。

アイゼンを履いているので滑る事もなく、氷の上もすいすい
歩くことができ、平気で坂も登れる、重くないのでそんなに
苦にもならない、初めてのアイゼン体験だったけど思った以上に
普通に歩くことができた。

そして少し想像と違ったのは、遠くから見える氷河は本当に
真っ白で綺麗に見えるが、近くで見てみると氷河の表面は
思った以上に汚れていて、それは空気の汚れと、僕らが
こうして歩いているので、その時の泥だと思う、
それでも所々に流れている水は本当に水色で、
この流れている水の色がきっと本当に水色だろうと思うほど
綺麗な色をして氷河の上を流れていた。


道はガイドが所々削ってくれたりして、歩く道を作ってくれて、
色んな場所へ僕らを連れて行ったくれた。
大きな穴、割れ目、氷の上、
そして最後は300年くらい前に出来た氷河で作ってくれた
究極のウイスキーロック、
それをツアー団体みんなで乾杯をして所要2時間弱の
氷河トレッキングは終了した。

その後は氷河を見ながら昼食を食べた。
昼食といっても各自で用意するので、僕らは昨日の晩に
作っていたおにぎりを食べながら氷河を眺めていた、
その時に氷河が崩落する所を見てみたかったが、
僕らが見れたのは、ほんの小さな崩落で、運が良ければ、
ビルが崩れ落ちるぐらいの大迫力の崩落が見えたらしい。

それでも小さい崩落が見れたので良しとして、
また船に乗り込み、今回は氷河の傍を船が走ってくれ、
僕らを対岸まで運んでくれた。
時折どこか遠くで、大きな崩壊をしている音が鳴り響いていたが、
それを一度も目撃する事は出来なかった。
そして、僕らは再びバスに乗り込み、この氷河が一番良く見渡せる
場所へ向かって行った。