2008-11-17

神様ありがとう。


最高のプレゼントを神様にもらい、歩き続けること5時間
ようやく僕らが目指していた北側の港町?が見えてきた、
会う人、会う人が言っていた1時間はいったい何だったんだろう?

でもちょっと待てよ?この景色は何なんだ?ここは湖だよな?
ビーチが見えるじゃないか?




ティティカカ湖、最後の最後にもこんなびっくりな景色を
僕達に見せてくれるなんて、たった一泊だったけど
たくさんの景色を見ながら島を歩けて、こんなに嬉しい気持ちに
なれたのは初めてと言うか、なんか初めて1人で海外旅行に
行った時の気持ちに近い気がする、

ティティカカ湖へ来て、こんなに満足に楽しめたのは
俺は本当にティティカカ湖が好きなんだ、
今は純粋な気持ちで旅がしたいと凄く高まってきた。



僕らは出発まで30分くらい、ぼぅーと景色を眺めていた、
太陽の島でもらった景色をすべて忘れずに胸にしまい込む為、
純粋に旅がしたい、
純粋に日本で見れない景色が見たい、
純粋に楽しみたい、

そんな気持ちになれた、太陽の島
神様が住んでいるこの場所にもう一度来たいと思った、
最高の珊瑚歳のスタートとなった。

南半球の神様はここにいた。


朝5時、朝日を見ようと目覚まし時計の音で目を覚ましたら、
何か嫌な音が聞こえる、雨ではない、何だろう?
寝ぼけながら外へ出てみると、外はまだ真っ暗のなか、
雹が振りだしていた、空は雲の裏にある満月がかすかな月光を
薄い明かりで水面に照らしだし、雹が降ってくる様子を
映しだしていた。後ろを振り返ると、微かに太陽の光も
見え出してきているが、雲の多さと眠たさからか、
また俺は眠りについてしまった。

今度目覚めた時は朝の8時をまわっていた、
すぐに外に出てみると、早朝の雹が降っていた天気はどこに
行ったのか、すっかり青空に包まれ、今日もティティカカ湖は
昔から変わらないゆっくりとした空気につつまれていた。
そして僕らは出発の用意をして朝食に向かった。



10時チェックアウト、コパカバーナに帰る船が、
太陽の島の北側なので、今日はこれから荷物を持って
8キロ歩かなければならない、僕らのいる場所が南なので
かるい太陽の島の縦断なのだ、16時発の船目指して
標高4000メートルの狭間を僕らは10時過ぎから
歩き出した。




少し歩き始めると、何もまわりに生息しない山道は風を吹きさらし、
少し寒いが歩くのにちょうど良い風が僕らのまわりに吹いていた。
しばらく歩くと、北側から歩いてくるパッカーに所々で出会うが
出会う人出会う人みんなが北まであと1時間くらいだよ、
本当かな?と思いながら青空の下僕らは歩き続けていた。

遠くに浮かぶいくつかの島、遥かかなたでティティカカ湖を
包み込んでいる4000メートル級の山々、
僕らはその包まれた中に浮いている太陽の島の中の
チリみたいな存在、世界はでかい、地球は丸い、
昔ネパールに行った時にエベレスト山脈を眺めていた時、
ここは神様が住んでいる場所だと思ったことがあった、
そして今、この場所にも南半球の神様が住んでいる気がした、
5年前に訪れた時も思ったこの気持ちは間違えなく南半球の
神様がこの辺りにも住んでいる、




そんな事を考えながら歩いていると、前を歩いていたみんなが
「上、上」と指を指して叫んでいた、空を見上げてみた、
そこには太陽を360度囲んだ虹がはっきりと青空の中に
浮かび上がっていた、しかも良く見ると虹はさらにもう一つ
虹のまわりに虹があった、これは2重の虹ではないか、
残念ながら外側の虹は360度までとはいかなかったが、
その絵は今まで見たことのないくらい綺麗に太陽を
包んでいた。

これは神様がくれたプレゼントなのか?
太陽の島でまた一つ素晴らしい景色を僕らは
南半球の神様に貰うことができた、
神様ありがとう。



太陽の宿で満月の夜


一泊朝食付き(バス、トイレ付き)で100b/1400円と
少々値段は高いが、せっかくティティカカ湖に泊まるので
僕らは奮発してこの宿に泊まることに決めた。
宿は山頂にあり、ここから朝日と夕日を両方眺めることが
でき、最高のロケーションで、部屋もかなり綺麗で
寒い夜もこの布団なら過ごすことができる。



太陽の島はインカの初代皇帝マンコ・カパックが
降り立った聖なる地と伝えられる島でインカ帝国も
この島から始まったとされている。
それ以外にも近くに月の島があり、その島も聖なる島と
拝められている。

ちなみに標高は3890mと富士山より高く、
島じゅう段々畑で覆われ、ジャガイモやアンデス産物
穀物のキヌア、豆が作られている。





そして夕暮れが始まるにつれ、下の階のレストランに
白人達が集まり、僕らは部屋の前の場所にイスを置き
ティティカカ湖に沈み始める夕焼けをただ何も考えずに
眺めていた。最高の時間とはこういう事なのか、
ティティカカ湖とそれを囲む山々と遥かかなたに沈む太陽、
それだけしかない風景はそれ以上何も必要としていなかった。




「SIMPLE IS BEST」
そして太陽が沈み終わると、僕らの後ろには今度は満月が
顔を出していた。

こうして素晴らしい景色を見れる最高に贅沢な時間が過ごせる
こと、改めて二人で旅に出てよかった、この景色に出逢えて
良かった、出てくる言葉は「ありがとう」、すべてにありがとう。




その晩は、宿は違うけどみんなで集まり、夕食を食べ、
ワインを飲んで、ほろ酔い気分でティティカカ湖に浮かぶ
太陽の島でゆっくりと眠りについた。

太陽の島へ


朝7時に起き、8時の船で僕らは太陽の島へ向かった。

新しい歳になった初日を太陽の島で過ごせるかと思うと
何かティティカカ湖に呼ばれている気がして、いつかまた
この場所に帰ってくるのかなぁーと思いながら、青い空と
てっぺんに雪をかぶった山々、指でつかめそうなくらい
すぐ目の前に浮いている雲を眺め、ひとり船のデッキの上で
TBHRのMainLineを聴きながら新しく始まった歳に
誓いをたてていた。



そして、船は思った以上に遅く、結局1時間で行けるはずが
2時間以上かかり太陽の島へ僕らは着いた。

なんて綺麗な場所なんだろう、空気が透き通り、
色が鮮やかに浮かび上がり、ここは天国か?
そんな事を思いながらひとまず僕らは宿を探すことにした。



BOLIVIA IN



11月11日、遂にペルーに別れを告げボリビアに
入国しました。

昨日はペルー側のティティカカ湖を楽しんだので
今度はボリビア側のティティカカ湖を楽しむと言うことで
僕らはボリビア国境の町コパカバーナで一泊することに
しました。そして今日は恥ずかしながら自分の誕生日でもあり、
11月11日、カレンダーでは世界平和記念日、
世界平和と言うことは全世界が記念日なのかは謎ですが、
こうして誕生日にボリビアの入国スタンプを押してもらえたのは
とても思いで深い日になりました。

そして夜は、タビゴコローズ、美容師カップル、ヒデ、なおちゃん
達がカレーを作ってくれ、しかも偶然メキシコで会った、
JUNくん、しかちゃん達も同じ宿に泊まっていたので参加して
もらい、カレーパーティーで誕生日を祝ってもらいました。
この場を借りてお礼を言わせてもらいます。
最高のカレーと最高の夜をみんなありがとう。

そして明日は満月で僕らはティティカカ湖に浮かぶ島
太陽の島に一泊二日で行ってきます。

2008-11-16

PIZZA DE LAST NIGHT at PERU



ペルー最後の夜にみんなでイタリアンレストランへ
食べに行きました。

この店は実は前日の夜に食べに行ったら、満席で
入れなかったので、今日はOPENの19時前から行き、
コーヒーを飲みながら待たせてもらい、ようやくピザを
食べることができました。

僕らが注文したのはピザ3種類とクリームスープで
クリームスープは何種類かあるので僕らはとりあえず
ほうれん草のクリープスープを頼んでみましたが
そのほうれん草のクリームスープがびっくりするくらい美味しく、
暖かくクリーミーで味もしっかりしていて、日本でも
このレベルのスープは飲んだことがないくらい美味しかった。
ので、追加でパンプキンスープも頼んでしまい、
気が付いたらスープだけでお腹がふくれてしまった。





それでも、ピザが来た瞬間、とても美味しそうで、
ひとり4切れ計算のピザが気が付くとほとんど無くなり
僕らは腹いっぱいに美味しいピザを久し振りに食べました。

これで僕らの7カ国目のペルー滞在は無事に終わり、
明日はボリビアの国境目指して朝から移動します。

2008-11-15

昼食はキヌアスープと焼きマスのプレート


僕らはウロス島を後に、さらにボートで2時間揺られ、
タキーレ島にやって来た。

この島は織物などの手工芸品と農業を中心に
約1600人が生活を送り、いまだに昔のままの生活を
続けるケチュア民族の島だ。
島内は電気も水道もなく、自給自足の物々交換の
世界で、近代に入ってからは政治犯の島流しの地となり、
約50年前に解放された。





島にはツーリスト用にレストランが数件あるが、出される料理は
みんな同じ内容で、値段も一律15sol/500円と決まっている、
共生の意識が高く、公共事業も平等に行うミタというシステムで
インカ時代の名残が見られる。

僕らはこの島で昼食をとることになった。
内容はキヌアと呼ばれる穀物で出来たオーガニックスープで
日本ではあまり知られていないけど、体に優しく健康的で、
俺はパンに浸しながら食べたけど、本当に美味しいスープだった。
そして、プレートは焼きマスとポテトフライトと白いご飯で、
焼きマスもガーリック等で味付けされ、それにレモンを絞って
食べると、これまた本当に美味しく、久し振りに新鮮な焼きマスを
頂きました。
値段的には少々高めの設定だが、料理もすべて美味しく、コーヒー
まで付いてこれが島人に還元されるならば、少々値段が高くても
全く問題なく、僕らはお金以外にも持ってきたお米をおいて
昼食をすましました。




昼食後は島内を散歩、島と言っても島自体が小さな山で、
標高も3800メートル近くあるので、少し階段を登っただけで
息もすぐに切れ、ここんとこずっと標高の高い所(富士山の山頂)
にいるけど、相変わらずに慣れずにすぐに疲れてしまう、

それでも僕らはヘトヘトになりながら階段を登っていくと
そこに広がる景色は、山の斜面は段々畑になっていて、
リャマや羊などの家畜も放牧され、まるで絵に描いたような風景が
このタキーレ島にもあった。





そして、桟橋へ向かって歩いていると、
ところどころで、織物をしている島人を見かけた、
島の人々が織る織物はすべて手作りで、繊密さ、柄、色、
とても良く出来た織物で、僕らもお土産に買おうと思ったけど
お金を両替してくるのを忘れてしまい、買えずに終わってしまった。

ティティカカ湖にはまだこれ以外にもいくつかの島があるが、
僕らは一日ツアーなのでこの2つの島を見学してプーノに
戻りました。

こうして、現実に島に生活している人達を見ると、
正直複雑な気持ちになるが、僕らツーリストもルールを
守り、こうしてフルーツやパンやお米を持っていくことで
島人達の生活の為になるならば、行っても良いのかも知れない、

昔からの風習を守り、島で生きている島人達は、いったい
どんな目で僕らを見ていたのだろう?
生きていくための一部なのか?